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中国・雲南省

河口

ベトナムのラオカイと接する雲南省河口(ホウコウ)。「交易で潤ってるのか?」と聞かれればそうかもと答える程度の町の規模です。とは言うもののベトナム側から来ると結構びっくりしますね。さっきまでモロに東南アジアだったのに、突然「ああ中国だ」と納得するものがあります。違いはやっぱり建物でしょうね。いかにも中国な感じのコンクリのビルが沢山ですから。

そしてここはその筋の人にはとても有名な○春街でもあります。自国ではおおっぴらに出来ないベトナム人の殿方たちがここでハッスルするのです。ここで仲良くなった中国人青年に見学に連れて行って貰いました。置屋街なんですが普通の長屋みたいな感じで、お姉さんだけでなくその子供や母など家族も一緒に住んでるみたいでした。ここで「いたす」には子供たちのいるすぐ近くの部屋でやらねばならぬらしく、これでその気になる人は相当なツワモノだと思います。

その仲良くなった中国人青年にこっそり人民料金で買ってもらったチケットで昆明行きのバスに乗るのですが、案の定、途中で公安にバレてこってりしかられたのでした。

※しかられたとは言っても他の人が見ている前だけで、詰所で二人きりの時にはすごくやさしく対応してくれました。パスポートを返してくれるときも「サンキュー」とか言ってるし。やっぱし公安にも体裁があるんだろうな・・・。

河口→昆明 寝台バス 72元

 


 

昆明

いよいよ第一の目標であるチベットの聖地ラサへの出発地点です。さすが雲南省の省都だけあってかなりでかい町です。街中ではいろいろな民族が入り混じっていますね。もうこの時点で標高が1800mあります。
ここから陸路でラサへ向かうことは、もちろん非合法であり、しかも険しい山道でいつ道が崩れて通行止めになるか分からないのでとても成功率が低いのです。宿であった日本人も確かリタンあたりで動きが取れなくなった
から諦めて引き返したと言ってました。話を聞いて俺は絶対やってやると決意を新たにしました。

 

 


下関

●初めて強盗に会う
寝台バスでの州都・下関(大理まで14キロ手前)に早朝に到着しました。
バスの乗り換えのためバス停を探していたときのこと。早朝とはいえここは中国、人民どもはもうとっくに動き出していてバス停は大通りに面していることもあり結構な人手がありました。


そんな中私がでっかい鞄を背負ってキョロキョロバス停を探しながら歩いていると、いかにもな感じのチンピラ風の兄ちゃん二人が近づいてきました。まさかな〜なんて思っていると、おもむろに俺の前に手を出すのです。キターって感じでしたが、ここは「外人だからわからない振り作戦」を発動。手を出す彼らに、「あ、丁度良かった」という演技をして、紙に『四路バス停はどこ?』と書いて筆談しようよ攻撃。何度も手を出す彼らに、必死に説明する俺な図を1,2分続けました。彼らは見つめあってどうしようか、みたいな雰囲気になったのでシメシメと思っていると、そうは問屋が卸さない、案の定無理やり奪いにきました。
首から下げていた防犯用ダミー財布に最初から照準を合わせていました。必死にガードしたら殴ったり蹴ったりと好き放題やり始めました。さすがに頭に血が上り、周りにも人が沢山いたので強気になり「っざけんなよー!!」と怒鳴りました。すると何らかの捨て台詞とつばを吐いて去っていきました。

朝っぱらからこんな目にあうとは、と凹むどころか自慢話が増えちょっとうれしかった内垣でした。もちろんこれぐらいで済んだから言えるんですけどね。それとダミーとは言え、見えるところに財布を提げるのは余計な犯罪を招き寄せる恐れがあるのでやめましょう。

 

 


 

大理

●大沈没地帯
大理は一般には大理石の原産地で有名であり、バックパッカーには麗江と並んで大沈没地帯として有名です。
「大理に行く」と言うと必ず「沈没するなよ」と言われる意味が良くわかります。安い宿が沢山あって、日本食やカフェなど旅行者向けのレストランが立ち並び、尚且つ景色も最高で、漢民族比率が少なくいい人が多い。
つらい中国を旅行してきた人たちがここに安らぎを覚えるのは致し方のないことです。

疲れも溜まっていたところだし、チベットの情報集めの必要性もあるし、気の会う仲間も見つかり、と言うことで例に漏れず俺もどっぷりアンニュイな日々に浸かってしまったのです。
7〜8人ぐらいのグループが出来、本当に仲良くなりました。未だに連絡を取っている人もいるし。ここでの日々が一番楽しかったかもしれません。

毎日夜遅くまでどぎつい火爆という焼酎を飲みながら、夜が明けるまで賭けトランプをしたり、はっぱを吸ったり、いろいろな事を語り合ったり、狂ったように卓球したり、毎日「菊屋」という日本食レストランに行ったり、そこでドラマ「一つ屋根の下T・U」のVCDを4日間かけて全部見たり。挙げればキリがありませんが、相当ROCKな生活をしていたのは確かです。しかしこれがバックパッカーの醍醐味のひとつかもしれませんね。
こんな生活を2週間続けた後、みんなで麗江に移動するのですが麗江でもほとんど変わらない生活を送ったのは言うまでもないでしょう・・・・・・。

 

 

韓国人の女の子も混じって遊んでました(左から2番目)。後に運命的な再会を果たす!?

 

 

 

 


 

麗江

大理から麗江まではミニバスで行きました。大きさは幼稚園バスぐらいと言えばわかりやすいでしょうか。
所要時間は4時間弱だったので大したことはなかったのですが、我慢できなくなった子供がバスの中で放尿しました。漏らしたんじゃあないんです。親がそこでしろと言ったんです。文化の違いと言うのはとても面白いなぁ〜とアンモニア臭のこもるバスの中で思いました。


麗江の旧市街は世界遺産に登録されていて世界中から観光客がやってきます。通路が石畳で敷き詰められていて、小川が流れ伝統的な家屋が立ち並んでいて、とても雰囲気の良い所です。

麗江でも相変わらずROCKな生活を続けていましたが、全て無駄な事ではありません。ダラダラしてる間でもしっかり網を張ってチベット情報を収集してました。チベット攻略の拠点ともいえるこの2つの町でもなかなか有益な情報をつかむのは難しいものなのです。ここで集めた情報と人脈は後に非常に生きました。

69カフェという所で昆明に留学していると言う留学生に会いました。俺がチベットに行きたがっているのを知ると一人の中国人を紹介してくれました。納西族のベンという青年で絵のアトリエを開いているかなり育ちのよさそうな人でした。
彼も目的地はラサで、ラサに行くには交通機関はほぼなきに等しいのでランクルをチャーターしていこうと。それを数人でシェアしないかと言うものでした。
俺としても渡りに船だったし非開放地域を中国人のサポートつきでいけるということで二つ返事で快諾。他に大理から一緒に行動している女の子2人を誘い、ベンも中華系アメリカ人を捕まえてこれでメンバーが揃いました。でもなかなか意思疎通もままならない状態なので準備が整うまで一週間、留学生に中国語をみっちり教わりました。

 

麗江郊外の風景。高原植物が沢山生えています。奥に牛がいます。

 

 

 

 

 

 

同宿の日本人と自転車を借りてサイクリング。非常にのどかでした。

 

 

 

 

 

 

旧市街の中ほどにある電波塔に上ると麗江が一望出来ます。意外に結構でかいのよね。

 

 

 

 

 

 

世界遺産にとんでもないスポットがありました。

 

 

 

 

 

 

ピンボケしちゃいましたが、麗江でずっと泊っていた宿。伝統的家屋で美人3姉妹が切り盛りしてました。

 

 

 

 

 

 

週末には観光客向けのお祭りをやってます。変な盆踊り見たいのをやらされました。

 

 

 

 

 

 

民族衣装を着た子供たちも歌わされていました。

 

 

 

 

 

 

屋台も沢山出ています。これは焼き鳥みたいなもの。安くてなかなかおいしいです。

 

 

 

 

 

 

1元ショップでみつけたミニ四駆「ダッシュ1号エンペラー」のバッタもの。1元ショップの癖に5元で売っていました。宿で走らせて遊んでたらフランス人がやけに興味しんしんでちょっと困った。